印刷の歴史
文字の出現
石や粘土板音声という聴覚にだけ頼っていたコミュニケーションでは、ことばは交わされると同時に消えていってしまいますが、物に刻んだ文字はいつまでも残っています。遠くに運んで伝えることも可能です。人類は文字をもつことによって長い間の課題であった情報の「時間と距離の克服」を果たし、より正確に意思を伝達できる手段を獲得したわけです。

発信者から受信者に距離や時間を隔てても伝達できるためには、文字を記しておく「物」が必要です。これを媒体=メディアといいます。人類はメディアとして身近にあるいろいろのものを利用しました。保存のためには都合のいい石や粘土がありますが、書きやすさ、持ち運びとなると問題があります。そこでもっと書きやすい・運びやすい材料が工夫されました。
甲骨文字中国では古くから亀の甲や獣骨に文字を刻んだ甲骨文字が発達していましたが、周代(前1100〜256 頃)に入っての一般的な書写材料は竹簡、木冊の類でした。

獣皮(主として羊皮紙)も長い間、書写の材料として用いられていました。インドで は木の葉(シュロ科に属する多羅木)を用いたようです。

このようなメディアの工夫によって、人類の知識や情報量は飛躍的に増大し、チグリス・ユーフラテス、ナイル、ガンジス、黄河などの流域では大河文明が花開いていきました。

しかし一枚一枚手書きをするのでは、一度に多くの人々に情報を伝達しようとすると 不便で、もっと一度に多くの文書を複製する手段が欲しくなります。

図4は複製手段の原型ともいえるもので、左側の円筒を粘土の上に押しつけて回転させると、右側のようなパターンができます。いわば円筒は「版」、粘土は「プリント」に当たるわけです。プリントとはもともと「押した跡」という意味から出たことばです。この図は古バビロン時代の出土品で、紀元前2000年頃のものです。

古バビロン時代の出土品しかし版・インキ・紙という今日私たちが印刷の原形として考えるようなメディアが出現するまでに、人類はさらに何千年かの年月が必要でした。中国では後漢になって105年蔡倫が樹皮、麻くずなどの植物繊維を原料にして、今日の紙の原形を作りました。
印刷による情報伝達
紙という印刷に適する材料が量産できるようになって、手での書写から版による刷りが行われるようになりました。現存する最古の印刷物とされている奈良・法隆寺の「百万塔陀羅尼経」は770年頃の木版刷りと言われています。

「百万塔陀羅尼経」の印刷は、中国での製紙法が発明されてから 600年もの年月が経っています。たいへんに時間がかかっているようですが、中国からヨーロッパに製紙法が伝わるのには、じつに1000年もの年月がかかっているのですから、それと比較すれば距離的に近いだけにまだ速いともいえます。いずれにしても現在の情報伝達のスピードから考えると、信じられないほどの時間のかかりかたです。

印刷による情報伝達 ヨーロッパで紙に印刷が行われたのは14世紀末で、まず木版印刷がはじまり、15世紀にはかなり盛んに行われたようです。

1447年ドイツ人グーテンベルクが現在の印刷術の基礎といえる活版印刷術を発明しました。
活版印刷を行うためには、金属活字、油性インク、用紙、印刷機の発達が基礎になければなりませんが、当時のヨーロッパ文明はそうした総合的な力を有していたのでしょう。14世紀ルネッサンスの社会が、情報の量産を待ち望んでいたことも、活版印刷術発 達の大きな要因になったといえます。それまでの木版印刷はブロック版といって、1枚の版木にすべての文字を彫り付けるものですから、そのつど繰り返し文字を彫る必要がありました。しかし活版印刷の特徴は、一度彫った字母から鉛活字を鋳造して何本でも同じ文字ができ、刷り終わった版は解版してまた再度利用できるという合理的な方式ですから、これにつれて出版活動が盛んに行われるようになりました。これまで一部貴族や僧侶たちの特権であった文章を読むという情報活動が、多くの市民に開放され、西欧ルネッサンスは大きな進展をとげることになりました。

紙への印刷では先進国ともいえる中国や日本ではどうだったでしょうか。西欧で印刷が有力な情報伝達の手段となっていったのに対し、東洋での印刷はそれほど大きな進展はしませんでした。その大きな原因として考えなければならないことに、漢字の字数の多さがあります。わずか26文字の大小で綴れるアルファベットと違って、少なくても数千字を必要とする漢字表記では、活字を作るにしてもたいへんな労力を要します。こうしたことから、かなり早くから活字による印刷の端緒があり、木版刷りの技術でも高度なものをもちながら、中国でも日本でも手工業から、機械工業には発展しないでしまいました。このような情報伝達手段の優劣が、西欧諸国よりも封建社会からの脱皮を遅らせることになったとすれば、印刷の果たした役割は重要だったといわねばなりません。

印刷技術は15世紀から19世紀にかけて各種の方式・技術が出現し、近代文明と機械産業の発達のために大きな役割を果たしました。そして「印刷は文化」といわれる情報メディアとしての玉座が続いたのです。


BACK

TOP | 会社案内 | 印刷 | マルチメディア | 企画 | web | etc環境問題への取り組み